ススフナン(読み)すすふなん

世界大百科事典(旧版)内のススフナンの言及

【スラカルタ】より

…しかし,わずか3年後に王が死去し,オランダ東インド会社の保護のもとでその子がパクブウォノ3世として即位したが,先王の弟マンクーブーミとの間に王位継承の争いが起こった。第3次ジャワ継承戦争と呼ばれるこの戦いは1749年から6年間続いたが,容易に勝敗が決しなかったので,オランダ東インド会社は和平工作に乗り出し,パクブウォノ3世はスラカルタに都してマタラム王の伝統的称号であるススフナンSusuhunanを名のり,マンクーブーミはジョクジャカルタに都してスルタン・アマンクブウォノ1世と称することになった。そしてススフナンは内領5万3100戸・外領3万2350戸,スルタンは内領5万3100戸・外領3万3950戸の住民を統治することで決着がついた。…

※「ススフナン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む