世界大百科事典(旧版)内のスックスドルフ,A.の言及
【スウェーデン映画】より
…しかし,1920年代半ばにはこの2人はハリウッドに吸収され(デビュー当初のグレタ・ガルボもいっしょに連れ去られた),そしてやがてトーキー時代に入るや,少数言語であるスウェーデン語の映画は海外市場への進出を阻まれ,こうして40年代末までスウェーデン映画にはほとんど空白の時代が続くことになる。50年代に入ってようやく,カンヌ映画祭で受賞した《令嬢ジュリー》(1951)のアルフ・シェーベルイと記録映画作家アルネ・スックスドルフ(《ジャングル・サガ》1954)がスウェーデン映画の存在をふたたび世界に知らしめた。続いて,シェーベルイ監督の《もだえ》(1944)のシナリオライターとしてデビューし,50年代半ばに《不良少女モニカ》《道化師の夜》(ともに1953),《夏の夜は三たび微笑む》(1955)などで世界を驚かせたイングマル・ベルイマンが,スウェーデン映画の〈神秘主義〉を一身に背負って今日に至っている。…
※「スックスドルフ,A.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」