セナトル貴族(読み)せなとるきぞく

世界大百科事典(旧版)内のセナトル貴族の言及

【フランク王国】より

…メロビング時代にフランク王国の重心が置かれていたガリアにおいても,ロアール川以北の北ガリアと,それ以南の南ガリアでは,かなり対照的な社会構造が認められる。南ガリアでは,大土地所有者であるセナトル(元老院)貴族層,ポセッソレスと呼ばれる中・小土地所有者,前者の隷属的小作人であるコロヌスという,3階層よりなる古代末期の社会構造がそのまま存続し,中心都市と周辺農村とが一体となり,貴族層の指導の下に都市民の自治によって運営されるローマ末期の行政単位=キウィタス(ゲルマンのキウィタスと異なる点に注意)の制度も維持された。他方北ガリアではフランク族の定住,セナトル貴族層の南方への撤収によって,社会構成は大きく変わった。…

※「セナトル貴族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む