世界大百科事典(旧版)内のセム人の言及
【アンチ・セミティズム】より
…字義どおりには反セム人主義であるが,一般にはひろく反ユダヤ主義の意味で用いられ,またとくに19世紀末以降ドイツ,フランスなどユダヤ教徒解放が一応完了した諸国に起こり,中世以来の伝統的なユダヤ教徒差別とは性格を異にする近代反ユダヤ主義をさすことも多い。18世紀末までのヨーロッパでは,ユダヤ人とはもっぱらユダヤ教徒のことであり,ユダヤ教団への所属によって規定される身分であった。…
【セム語族】より
…セム語ともいう。このセムという名称は,《創世記》10~11章で,ハム,ヤペテとともにノアの息子であるセムが,いわゆるアッシリア人,アラム人,ヘブライ人,アラビア人等の先祖とされていることから,これら諸民族の総称として1781年にドイツの学者A.L.vonシュレーツァーが採用したものである。それが語族名に転用され,上記諸民族の語った言語だけでなく,それらと同系と見られる言語をも含めることになった。セム語族のうち現在も話されているのはヘブライ語,アラム語,エチオピア語,アラビア語であるが,過去5000年以上にもわたって粘土板,石,金属,パピルス,獣皮,紙等さまざまの素材に書かれた豊富な資料,とくに世界三大宗教発祥の地にふさわしく,多くの宗教文書が残っている。…
【ユダヤ人】より
…ところが19世紀末にいたってこの〈ユダヤ人〉規定をくつがえし,これをもっぱら出生すなわち血に基づく〈人種〉集団としてみようとする考え方が現れた。直接には1870年代の大不況の影響のもとで没落の危機感にとらえられた中部ヨーロッパの中間層の間で,資本主義社会の矛盾をあげて〈ユダヤ人〉=セム人に帰そうとする反ユダヤ主義者のこの主張は強い吸引力を発揮し,とくにドイツ,オーストリア,フランスでこの人種論的反ユダヤ主義(アンチ・セミティズム)は急速な広がりをみせた。ここにユダヤ教徒であるかどうかとは無関係におよそひとたびその血をうけた者は,信仰のいかんにかかわらずつねに〈ユダヤ人〉であり続けるという観念が成立したのである。…
※「セム人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」