タルクイニウス・コラティヌス(読み)たるくいにうすこらてぃぬす

世界大百科事典(旧版)内のタルクイニウス・コラティヌスの言及

【タルクイニウス家】より

…しかしスペルブス王の統治は独裁的となり,伝承によれば王子セクストゥスSextusの引き起こしたルクレティア事件を契機に王は追放され,王政は廃止された。ところが王家の親族に当たるタルクイニウス・コラティヌスTarquinius Collatinusが,共和第1年(前509)のコンスルに選ばれたと伝えられる。しかし間もなく彼も亡命を余儀なくされたといわれ,以後タルクイニウス家はローマ政界から完全に姿を消した。…

※「タルクイニウス・コラティヌス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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