チョールヌイ・ペレジェル派(読み)ちょーるぬいぺれじぇるは

世界大百科事典(旧版)内のチョールヌイ・ペレジェル派の言及

【人民の意志派】より

…1879年の夏にロシアで結成された革命組織。ナロードニキの革命組織〈土地と自由〉結社の分裂で誕生。〈土地総割替(チョールヌイ・ペレジェル)〉派が農村の農民蜂起による社会革命を志向したのに対し,〈人民の意志〉派は都市でのテロ活動を中心とする政治闘争を当面の戦術とし,党による帝政打倒,政権奪取,普通選挙の実施,立憲議会,社会主義の樹立,という革命路線を主張した。この路線の基礎には,ロシアの国民の圧倒的多数は農民であり,農民は共同体的生活習慣によって社会主義的であるというナロードニキ特有の認識がある。…

※「チョールヌイ・ペレジェル派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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