チロル伯(読み)ちろるはく

世界大百科事典(旧版)内のチロル伯の言及

【チロル】より

…788年には,カール大帝によってフランク王国に編入された。11世紀には,有力な伯がこの地の支配をめぐって争った結果,メランMeran近郊出身のチロル伯がこの地域を握り,これが今日のチロルの名称のもととなった。同家は1253年断絶し,チロルはゲルツGörz伯領となったが,この時代にメラン,インスブルックをはじめとする都市や農村共同体が発達し,チロルはラントとしての一体性を備えるにいたった。…

※「チロル伯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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