チンダント文化(読み)ちんだんとぶんか

世界大百科事典(旧版)内のチンダント文化の言及

【イサコボ文化】より

…この期の墓は,ポノマリョボ,ブラツキー・カーメニなどで調査され,丸底で,口縁部に刺突文と斜位の刻みがあり,地文に織布ないし網目の押捺文をもつ土器が出土している。同種の土器は,ザバイカル地方のムヒン文化やチンダント文化,さらにヤクーツク地方のスイアラフ文化など,きわめて広範囲に認められている。オクラドニコフらによると,イサコボ文化の土器がシベリア新石器最初期の土器ということになるが,最近の調査では,イサコボ文化に先行する土器が明らかになりつつある。…

※「チンダント文化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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