トバール・ドクトリン(読み)とばーるどくとりん

世界大百科事典(旧版)内のトバール・ドクトリンの言及

【エストラーダ・ドクトリン】より

…外国政府に対する承認は,その誕生の経緯にかかわりなく自動的になされるべきことを主張した。これよりさき1907年,エクアドルの外相C.トバールは,西半球の議会制民主主義を育てるために,革命によって生じた政府は立憲体制に復帰するまで承認すべきでないとする,いわゆるトバール・ドクトリンを発表し,アメリカはこれにならって1910年に始まるメキシコ革命の際に,15年まで不承認政策を続けた。メキシコの革命政府は不承認政策を内政干渉として強く反発した。…

※「トバール・ドクトリン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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