トンブリー朝(読み)とんぶりーちょう

世界大百科事典(旧版)内のトンブリー朝の言及

【タークシン】より

…18世紀後半のアユタヤ朝滅亡後,ビルマ(現ミャンマー)軍を撃退してタイの独立を回復し,新たにトンブリーに都を開いた(トンブリー朝)タイ国王。在位1767‐82年。…

【トンブリー】より

…最近は,これらの運河網に加えて道路整備が急速に進みつつある。1767年にアユタヤがビルマ(現ミャンマー)軍によって陥落した後,プラヤー・ターク(タークシン王)はビルマ軍を撃退してこの地に王都を置き,トンブリー朝(1767‐82)を開いた。しかし後年,タークシン王は狂気を理由に処刑され,チャオプラヤー・チャクリ(ラーマ1世)が王位につき,王都を対岸に移してラタナコーシン朝(バンコク朝)を創立した。…

※「トンブリー朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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