ドゥシットターニー(読み)どぅしっとたーにー

世界大百科事典(旧版)内のドゥシットターニーの言及

【ワチラウット】より

…父王チュラロンコンに続き西欧文明の摂取にも尽力したが,その関心は西欧に比肩し得る文化基盤――民族意識――の整備強化であった。姓制度の採用,新国旗の制定,祝祭日の整備,スポーツの普及,義務教育制の導入,議会制実験都市〈ドゥシットターニー〉の建設など,西欧色の強い文化施策を推進した。また,文才を生かして反華僑論文〈東洋のユダヤ人〉などの著作を通じて民族意識の高揚につとめた。…

※「ドゥシットターニー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む