世界大百科事典(旧版)内のドグラー・ラージプートの言及
【ヒマラヤ[山脈]】より
…その後シッキム,次いで20世紀になってブータンの2王国が誕生した。ジャンムー・カシミールにはドグラー・ラージプートの藩王国ができ,西部ヒマラヤの統合がなしとげられたが,ヒンドゥー,イスラム対立の種がまかれた。この中でネパールとブータンのみは独立を続け,中国,インド二大国に挟まれた緩衝国として,国際社会の一員となって近代化に努めている。…
※「ドグラー・ラージプート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」