《ドリナの橋》(読み)どりなのはし

世界大百科事典(旧版)内の《ドリナの橋》の言及

【アンドリッチ】より

…この時の思索をもとに1918年散文詩《黒海より》をまとめ,その後外交官としてヨーロッパ各地を巡りながら,ボスニアの過去に素材を求めた好短編を次々と発表。45年,ナチス占領下のベオグラードで完成した《ドリナの橋》《ボスニア物語》《サラエボの女》の長編三部作を発表して世界の注目をあびた。いずれも永遠の相の下に東と西の衝突,新と旧の交代を静謐(せいひつ)なリアリズムで描破した雄編である。…

【ドリナ[川]】より

…ドリナ川流域地方は第1次世界大戦当初の1914年9~11月,オーストリア軍とセルビア軍が激烈な戦いを繰り返した場所であるし,第2次世界大戦に際しては,枢軸軍に対するパルチザン闘争の主要な舞台にもなった。また,ボスニアのノーベル賞作家アンドリッチの作品《ドリナの橋》は,ドリナ川中流の町ビシェグラードの500年にもわたる歴史を,この川にかかる橋を中心に書きつづった小説として有名である。【柴 宜弘】。…

※「《ドリナの橋》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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