《ナポリ革命論》(読み)なぽりかくめいろん

世界大百科事典(旧版)内の《ナポリ革命論》の言及

【クオーコ】より

…1806年ナポリ王国がナポレオン体制下に組みこまれるとともにナポリに戻り,政府の一員として教育,財政,司法の改革に努める。主著《ナポリ革命論》(1801)で,革命思想は普遍的な理性から導き出されるのでなく,それぞれの民族のもつ伝統と結びつくことが重要だと説き,ナポリ革命がフランス革命に触発され,フランス革命と同一の思想原理に立って進められたことに反省を加えた。彼の考えは,啓蒙主義,合理主義に対して,ビーコの歴史論を受け継ぐものであり,19世紀イタリアの民族意識と歴史主義思想の形成に大きな影響を及ぼした。…

※「《ナポリ革命論》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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