ナラシンハバルマン(読み)ならしんはばるまん

世界大百科事典(旧版)内のナラシンハバルマンの言及

【パッラバ朝】より

…その後2世紀間に諸王が続く。マヘーンドラバルマン1世(在位600‐625)はチャールキヤ朝との抗争をはじめ,ナラシンハバルマン1世Narasimhavarman I(在位625‐645ころ)はチャールキヤ朝の首都バーダーミを陥し,またセイロンに遠征した。7~8世紀初期にはチャールキヤ朝と,8~9世紀にはラーシュトラクータ,パーンディヤ両朝と抗争を繰り返しながら,9世紀末にはついにチョーラ朝のアーディティヤ1世Āditya Iに滅ぼされた。…

※「ナラシンハバルマン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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