ナラムシン戦勝碑(読み)ならむしんせんしょうひ

世界大百科事典(旧版)内のナラムシン戦勝碑の言及

【アッカド】より

…古代メソポタミアの地名,民族名,言語名。メソポタミア南部の沖積平野,後のバビロニアの北半部(ニップール以北)の地を指す。この地にはすでに前3千年紀はじめころから,最南部のシュメールとは異なってセム人がシュメール人とともに活躍し,いわゆるシュメール都市国家の発展に寄与した。伝承上,洪水後最初の王朝とされるキシュ第1王朝の王名中にはアッカド系の名前が多く見られ,前27世紀ころにはシュメールの都市国家シュルッパクの史料中にアッカド語の人名が見いだされる。…

※「ナラムシン戦勝碑」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む