ナーナー・サーヒブ軍(読み)なーなーさーひぶぐん

世界大百科事典(旧版)内のナーナー・サーヒブ軍の言及

【カーンプル】より

…1801年にアウド藩王国の太守によりイギリス東インド会社に割譲され,北西インドへのイギリス勢力進出の前線基地となった。セポイの反乱(1857)の際には,ナーナー・サーヒブ軍がイギリス人を皆殺しにした町として有名。63年にカルカッタと鉄道で結ばれ,85年までには軍需用の皮革・羊毛・綿織物業などが勃興し,インド大平原中部で随一の工業都市を形成した。…

※「ナーナー・サーヒブ軍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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