ヌエバ・サモラ(読み)ぬえばさもら

世界大百科事典(旧版)内のヌエバ・サモラの言及

【マラカイボ】より

…ベネズエラ湾とマラカイボ湖の連絡部に位置する。1571年アロンソ・パチェコが建設し,ヌエバ・サモラと呼ばれていた。1669年イギリスのモーガン一族に襲撃されたことがあり,湖上交通の要所として,砂糖やカカオ,コーヒーの交易港として繁栄する地方都市であったが,20世紀初めに湖底の石油採掘が始まり,一躍油田開発の中心基地となり急激に発展した。…

※「ヌエバ・サモラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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