ハルデクヌット(読み)はるでくぬっと

世界大百科事典(旧版)内のハルデクヌットの言及

【クヌット[2世]】より

…しかし在位中のデンマーク滞在期間は非常に短く,デンマークにおける彼の政策に関しては不明な部分が多い。彼の死後,後継をめぐり,嫡子でデンマーク王となっていたハルデクヌットHardeknud(在位1035‐42)とその異母兄ハーラルHarald Harefod(英名はハロルド1世,在位1037‐40)とが対立し,1037年ハーラルがイングランド王位に就き,ハルデクヌットは亡命を余儀なくされた。40年ハーラルの死去でハルデクヌットが登位したが,2年後に他界し,デンマークではノルウェー王マグヌス1世善王が,イングランドではエドワード懺悔王が王位を継承,ここにクヌットの北海帝国は崩壊した。…

※「ハルデクヌット」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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