ハンティリ(読み)はんてぃり

世界大百科事典(旧版)内のハンティリの言及

【ヒッタイト】より

…ムルシリ1世は,帰国後暗殺され,その後数十年間,ハットゥサでは暗殺と王位簒奪が相次ぎ,王国は混乱,弱体化した。この間のハンティリHantili,ジダンタZidanta,フジヤHuzziyaの諸王の事績は多くないが,ハンティリは,ハットゥサに初めて城壁を築いた。 前1525年ころ王位に就いたテリピヌは,王位継承法を根幹とする〈勅令〉を制定して王国の混乱を収拾,秩序の回復に努めた。…

※「ハンティリ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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