バスティド(読み)ばすてぃど

世界大百科事典(旧版)内のバスティドの言及

【ペリゴール】より

… ペリゴールは,歴史的にはアキテーヌの一部をなし,中世後期には,しばしばフランス,イギリス両王朝により争われた。とりわけ,ケルシー,アジュネと境を接する南部,ドルドーニュ川流域は,両者の領地の境界となることが多く,多数の城が築かれ,また,軍事的・政治的・経済的な拠点として,独特な長方形のプランと基盤割りの街路をもち,防備を施されたバスティドbastideと呼ばれる町が建設された。16世紀末から17世紀中葉にかけて隣接するポアトゥー,リムーザン,ケルシーなどの地方にわたり,1594年の蜂起をはじめとする一連のクロカンの乱と呼ばれる農民一揆が起こった。…

【モントーバン】より

…若干の工業(電器,乳製品,家具)もある。歴史的にはフランス南西部にみられる中世建設都市(バスティド)の一つ。1144年トゥールーズ伯によって建設特許状が下されたもので,中央に市場,格子形の町割プランをもつ。…

※「バスティド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む