バルスバイ(読み)ばるすばい

世界大百科事典(旧版)内のバルスバイの言及

【マムルーク朝】より

…またペストの流行も相次いだために経済状態はさらに悪化し,エジプト市場から金貨と銀貨が消失して,やがて銅貨の時代が始まった。バルスバイは財政補塡のために砂糖の専売政策を実施したが根本的な解決策とはならず,1498年のバスコ・ダ・ガマによるインド航路発見によって,中継貿易に基礎を置くエジプト経済は致命的な打撃を受けた。すでに16世紀初頭からオスマン帝国との間に確執を生じていたマムルーク朝は,1516年マルジュ・ダービクMarj Dābiqの戦でセリム1世に敗れてシリアを失い,翌年カイロを占領されて王朝は滅びた。…

※「バルスバイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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