パンティカパイオン(読み)ぱんてぃかぱいおん

世界大百科事典(旧版)内のパンティカパイオンの言及

【ケルチ】より

…人口17万8300(1991)。ギリシア人植民市パンティカパイオンPantikapaionを起源とし,その後ボスポロス王国の首都となり,10~12世紀にはトムタラカン公国の支配下に入った。その後トルコ領となったが,露土戦争の結果のキュチュク・カイナルジャ条約(1774)によりロシア領となった。…

【ボスポロス王国】より

…黒海北岸のアゾフ海近辺に位置するいくつかのギリシア植民市と原住民部族とが,前480年代に植民市の一つパンティカパイオン(ケルチ)によって統合されてできた王国。近隣諸部族の進出を阻止して,ギリシア本土と円滑な穀物貿易を行うことが統合の契機となった。…

※「パンティカパイオン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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