《ヒストリアエ》(読み)ひすとりあえ

世界大百科事典(旧版)内の《ヒストリアエ》の言及

【タキトゥス】より

…帝政とともに重要性を失った弁論に別れを告げ歴史叙述に向かう彼の気持ちをここに読みとる学者もある。 その歴史の作品としては,69年の4帝時代からドミティアヌス時代を扱った《歴史(ヒストリアエ)》を105年から110年の間に発表し,ついでさかのぼってアウグストゥスの死(14)後ネロまでを《年代記(アンナレス)》に記したが,これはおそらく未完に終わった。この両作品の本来の書名は不確かで,4世紀のヒエロニムスは両著を併せて30巻の一書と見ており,ある写本ではその第17巻に《歴史》第1巻が始まっている。…

※「《ヒストリアエ》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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