世界大百科事典(旧版)内のヒタトの言及
【エジプト】より
…これに伴ってイスラム史におけるエジプトの独自な地位を評価しようとする動きが強まり,ファラオの時代をも視野に入れたエジプト年代記が執筆されるようになった。また,キンディーKindī(897‐961)に始まるエジプトの美点(ファダーイル)と地誌(ヒタト)の記述は,マクリージーにより〈エジプト誌〉として集大成された。エジプトに古くから伝わるグノーシス思想はズー・アンヌーンによってイスラム神秘主義の体系化に援用されたが,この時代になるとイスラム神秘主義はさらに土着的な展開を遂げ,タンターのアフマディー教団は聖者アフマド・アルバダウィーの生誕祭をコプト暦によって祝ったという。…
【地誌】より
…イスラムの地理学がギリシア文化の伝統を継承するものであったのに対して,地誌はイスラム世界に固有の学問領域として展開する。征服地に軍営都市(ミスル)を建設したアラブは,そこに区画割りをして部族や人種別の居住区(ヒタトkhiṭaṭ)としたが,この居住区を中心とする都市の発展の歴史を記すことから,地誌(ヒタト)の記述様式が生まれた。9世紀のイブン・アブド・アルハカムは《エジプト,マグリブ征服史》の中で,エジプトの魅力(ファダーイル)とカイロ南郊の旧都フスタートの発展ぶりを書き記し,イブン・ファキーフ(9世紀)はバグダードについてその地理的環境と巨大な町並みの様子を詳しく伝えている。…
※「ヒタト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」