ヒラリオン(読み)ひらりおん

世界大百科事典(旧版)内のヒラリオンの言及

【修道院】より


[修道院の起源]
 アントニウスはmonkの原義どおり〈ひとり住む者〉(隠修士)として荒野で長い苦行の生活を続けたが,その禁欲ぶりはアレクサンドリアの主教アタナシオスの筆になる《聖アントニウス伝》(356)によって西方のガリアの奥深くまで伝えられた。彼の弟子ヒラリオンHilarion(291ころ‐371)はそれをパレスティナに,別の弟子マカリオスMakarios(300ころ‐390ころ)はナイル川のデルタ地帯に拡大した。東方教会にいまも根強い隠修士的傾向はこのときに始まる。…

※「ヒラリオン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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