《ヒンドゥー・ジャジマーニー・システム》(読み)ひんどぅーじゃじまーにーしすてむ

世界大百科事典(旧版)内の《ヒンドゥー・ジャジマーニー・システム》の言及

【村】より

… このジャジマーニー関係については,北インドの連合州のセンサス調査を担当したブラントEdward Arthur Henry Bluntが1908年の同州センサスで,またその著《北インドのカースト制度》(1931)で言及し,またこのセンサス報告書を利用したマックス・ウェーバーがその著《ヒンドゥー教と仏教》で若干論じているが,これを〈ジャジマーニー・システム〉としてとらえ,詳しく展開したのがアメリカの宣教師ワイザーWilliam Henricks Wiserであった。彼は1930年代に連合州のあるむらで伝道活動を行っている際にこれを発見し,《ヒンドゥー・ジャジマーニー・システム》(1936)と題する小冊子を出版した。第2次大戦後インドにおいては社会学者や文化人類学者によるむらの調査が行われ,地域によって名称に相違はあるが,インドのほぼ全域にジャジマーニー・システムの存在が確認され,ワイザーの著作は一躍注目されることになった。…

※「《ヒンドゥー・ジャジマーニー・システム》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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