ビュユク・カラタイ・メドレセ(読み)びゅゆくからたいめどれせ

世界大百科事典(旧版)内のビュユク・カラタイ・メドレセの言及

【コニヤ】より

…オスマン帝国時代のモスクには,中央会堂式のシェレフェッディン・ジャーミー(1636)とセリミエ・ジャーミー(16世紀前半)が挙げられる。マドラサには,現在,博物館となっている2イーワーン式のシルチャリ・メドレセ(1242‐43),特色ある大理石のポータルとタイル張りのペンデンティブで知られるビュユク・カラタイ・メドレセ(1251‐52。現,陶器博物館),アラベスクや銘文で豊かに装飾された壮大な石造のポータルを特徴とするインジェ・ミナレ・メドレセ(1258か65‐67。…

※「ビュユク・カラタイ・メドレセ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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