ビリングズゲート(読み)びりんぐずげーと

世界大百科事典(旧版)内のビリングズゲートの言及

【シティ】より

… 商品,資金,情報等の取引の中心であったシティには,そのための特有の施設が多数つくられた。中世以来の各種商品取引所――家畜のスミスフィールド,水産物のビリングズゲート,毛織物のブラックウェル・ホールなど――のほか,1568年にはトマス・グレシャムによって王立取引所Royal Exchangeが設立され,また17世紀末から18世紀にかけては,コーヒー・ハウスが群生して商品取引や情報交換の場としての役割を果たした。1773年には〈スレッドニードル街の老婦人Old Lady of Threadneedle Street〉とあだ名されたイングランド銀行に接してロンドン株式取引所が設立され,同じころ海運取引を主とするバルト海取引所も設立された。…

【ロンドン】より

…馬車旅行が容易になると,ロンドンと地方の人的交流も盛んになり,ロンドンの人口はますます増大した。従来の家畜市場のスミスフィールドや魚市場のビリングズゲートに加えて,コベント・ガーデンやスピタルフィールズに青果市場が成立したのはその反映である。 1688年の名誉革命では,ロンドン市民の国政への発言権がいっそう強まった。…

※「ビリングズゲート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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