世界大百科事典(旧版)内のピアチェンツァ会議の言及
【十字軍】より
…そして,ビザンティン帝国の対イスラム防衛戦争にノルマン人出身のシチリア遠征隊をはじめ西欧騎士の傭兵隊が導入されるようになると,ローマ教皇庁のビザンティン帝国救援政策が聖地解放のための企てとして具体化された。ピアチェンツァ会議(1095年3月)に列席したビザンティン皇帝アレクシオス1世Alexios Iの使節はイスラムによる被害を誇張し,東方正教会守護の緊急性を訴えた。教皇ウルバヌス2世はこの要請を受けいれて援助を確約したが,教皇の意図は次のようなものであったと推論される。…
※「ピアチェンツァ会議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」