ピエモンテ革命(読み)ぴえもんてかくめい

世界大百科事典(旧版)内のピエモンテ革命の言及

【ブオナローティ】より

…陰謀は事前に発覚して再び逮捕され,97年以降流刑の身としてフランスおよびスイスの地を転々とする。しかし,この間に国際的な秘密結社を組織して新たな革命のための準備を進め,1821年のピエモンテ革命にこの結社を通じて介入を図った。23年警察の摘発をうけてスイスからブリュッセルに居を移したが,秘密結社活動は続行し,またこの地で《平等のためのいわゆるバブーフの陰謀》(1828)を刊行して,平等主義と革命独裁の理論を明らかにした。…

※「ピエモンテ革命」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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