ピガニョール,A.(読み)ぴがにょーる

世界大百科事典(旧版)内のピガニョール,A.の言及

【ローマ没落史観】より

…この問題においてウェーバー,ロストフツェフと並んで影響が大きいのは,3世紀の危機を,都市的土地所有の上に展開した奴隷制ウィラと,都市領域外の私的大所領で発展した分割地小作制という二つの生産様式の間の闘争ととらえるソ連のシタエルマンE.M.Shtaermanの立論である。 他方,これら多様な内因論に対して外因論を採る者としては,対外危機が国内危機を惹起(じやつき)するとして3世紀にユーラシア大陸規模で展開された国際関係にローマ帝国変質の契機をみるアルトハイムF.Altheim,ローマ文明は天寿をまっとうしたのではなく〈暗殺〉されたのだとするピガニョールA.Piganiol,同じく増大するゲルマンの外圧に没落の主因をみるジョーンズA.H.M.Jonesらがいる。これらは文化没落説の再評価ではあるが,〈没落〉の諸現象とされたものを帝国の内的変容としてとらえたうえでの再評価である点は重要である。…

※「ピガニョール,A.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む