ファブリチウス,J.(読み)ふぁぶりちうす

世界大百科事典(旧版)内のファブリチウス,J.の言及

【黒点】より

…日本での最古の観測は《文徳実録》巻三に〈仁寿元年十一月甲戌(851年12月2日),日無精光,中有黒点,大如李子〉と記されている。
[望遠鏡による近代観測]
 望遠鏡による観測は1611年J.ファブリチウス,G.ガリレイ,C.シャイナー,ハリオットT.Harriot(1560‐1621)の4人によって幕あけした。その成果はG.ガリレイの《太陽黒点についての手紙》(1613)およびC.シャイナーの《Rosa ursina sive sol》(1626‐30)に著されている。…

【太陽観測】より

…彼は黒点の観測を基に,黒点の動きは日面緯度によらないことや太陽の縁近くでは速度が遅くなることなどから,太陽が黒点を運んでいるものであると科学的な論証をしている。ドイツのJ.ファブリチウスも同年に望遠鏡で黒点を観察し,西の縁に没した黒点が,10日後再び東の縁に出現したと翌年の論文に書いている。H.S.シュワーベは,水星よりも内側にあるかもしれない未知の内惑星の日面通過を見つける目的で,それと見誤らないように1826年より黒点観測を始めた。…

【ファブリチウス】より

…オストフリースラント生れ。同じ天文学者で太陽黒点を観測,発表したヨハンネス・ファブリチウス(1587‐1615ころ)は息子。プロテスタントの牧師として,レスターハーベからオストエールに勤務するかたわら天体観測を行い,1596年から観測しつづけたくじら座の星が周期的に変光することを発見。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」