世界大百科事典(旧版)内のフィジオクラットの言及
【重農主義】より
…この名称はデュポン・ド・ヌムールがケネーの著作集を編集してこれに《Physiocratie》(1767)の名称をつけたからであり,それが一般化したのは,おそらく19世紀中葉にL.F.E.デールが重農学派の主要著作を2巻本に編集し,この名称をつけてから以後である。重農主義者(フィジオクラットphysiocrates)たちは,自分たちをエコノミストéconomistesと呼んでいた。それが重農主義agricultural systemと呼ばれるようになったのは,A.スミスが《国富論》でそう呼んだことによるものと思われる。…
※「フィジオクラット」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」