フランク,T.(読み)ふらんく

世界大百科事典(旧版)内のフランク,T.の言及

【ローマ没落史観】より

…しかし,古代末期の知識人層は一般に地上のローマ帝国の永続を信じるローマ理念から脱却しきれず,ルティリウス・ナマティアヌスら異教徒にせよ,オロシウスらキリスト教徒にせよ,現今の老齢化が死に至るものであるとは予知せず,なお帝国の若返りを信じていた。
[中世から近代へ]
 中世においては,フライジングのオットーが《ダニエル書》の四世界帝国説に従って歴史叙述を行い,西ローマ帝国滅亡に神の審判をみて地上の権力のはかなさを説いたが,同時に彼は476年は狭義のローマ帝国の終焉(しゆうえん)にすぎず,帝権はフランク人に移行したとする。ローマ教皇,神聖ローマ皇帝,ビザンティン皇帝が並び立つ中世にあっては,このような〈帝権の移行〉〈帝国の更新〉という観念に基づくキリスト教的古代との連続感,およびキリスト教的摂理史観が支配的であり,ローマ没落原因論が展開される余地はほとんどなかった。…

※「フランク,T.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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