ブレチ遺跡(読み)ブレチいせき

最新 地学事典 「ブレチ遺跡」の解説

ブレチいせき
ブレチ遺跡

Buret’ site

東シベリア,アンガラ川右岸の後期旧石器時代遺跡。1936年オクラードニコフにより発見され,40年まで4次の調査が実施され,4軒の住居址を確認。資料の多くは,第2次大戦で失われたものの,円錐形石核,さまざまな大きさの石刃,エンドスクレイパー,両面加工石器,ノッチ,石錐などのほかに,マンモスの牙製の人・鳥なども発見されている。内容はマリタ遺跡との類似性が高い。年代は2.5万年前ごろと推定

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出典 平凡社「最新 地学事典」最新 地学事典について 情報

関連語 梶原

世界大百科事典(旧版)内のブレチ遺跡の言及

【旧石器時代】より


[後期旧石器時代]
 後期旧石器文化についてはかなり明らかになってきている。シベリアではバイカル湖周辺にマリタおよびブレチ遺跡があり,ヨーロッパと同じ系列の象牙製ビーナス,マンモスの骨板に彫られたマンモスの線刻画,骨角製の装飾品,骨角器などが発見されている。ヨーロッパからシベリアまでの遠距離を彼らがどういう方法で踏破したのかは不明だが,雪や氷で覆われた地域でのそりの使用が考えられている。…

※「ブレチ遺跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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