ブーラーク(読み)ぶーらーく

世界大百科事典(旧版)内のブーラークの言及

【カイロ】より

…フスタートはそれ自体が大商業河港であったが,カイロが建設されると,そこから至近の外港としてマクスal‐Maksが生まれた。フスタートからカイロへの経済重心の移動に伴ってマクスの比重は増大したが,この河床の西方移動によってマクスはさびれ,その西方河岸にブーラークBūlāqの港が発達し,これとカイロをつなぐ道沿いの地域もしだいに開けた。エズベキーヤは,カイロの中心部と地中海への出口であるブーラークの港を結ぶ要地となり,次のオスマン帝国時代にかけてしだいに重要性をもち,やがて18世紀末にフランス軍がエジプトを占領すると,ナポレオンがここに司令部を置いた。…

※「ブーラーク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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