プロホロフカ文化(読み)ぷろほろふかぶんか

世界大百科事典(旧版)内のプロホロフカ文化の言及

【サルマート文化】より

…前3世紀以降,サルマートの諸部族はスキタイを圧迫してドン川以西の黒海北岸に進出した。サルマート前期文化はプロホロフカ文化とも呼ばれるが,この時期には,サルマートは短弓と短剣を主とする従来のスキタイ式武装から小札の甲冑と長剣と長槍で武装した重装騎兵戦術を採用した。この時期の遺跡としては高塚(クルガン)と集落址が知られており,高塚の出土品には地中海,黒海沿岸地方からの輸入品や色ガラス,宝石を用いた多彩装飾技法の遺物とともに,猛獣,猛禽などの身体をひきのばした,いわゆる〈サルマート動物意匠〉の器物がみられる。…

※「プロホロフカ文化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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