プーミポン(読み)ぷーみぽん

世界大百科事典(旧版)内のプーミポンの言及

【ラタナコーシン朝】より

…6代目の王ワチラウットは,この王朝の歴代の王をラーマ何世と呼ぶ習慣を始めた。現国王プーミポン・アドゥンヤデートはラーマ9世。 ラーマ1世と2世の時代になおも存在していた西方ビルマからの軍事的脅威は,イギリスによるビルマの植民地化が開始されるラーマ3世の治世となってようやく消滅し,ラオス,カンボジアおよびマレー諸国に対する宗主権の確立,国内の経営に専念できる状況が生まれた。…

※「プーミポン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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