《プール・エ・コントル》(読み)ぷーるえこんとる

世界大百科事典(旧版)内の《プール・エ・コントル》の言及

【雑誌】より

…政府は1712年の印紙税などによって批判的な言論をおさえようとしたが,ジャーナリズムの勢いは衰えなかった。フランスではP.マリボーの《スペクタトゥール・フランセSpectateur Français》(1722‐23),A.F.プレボーの《プール・エ・コントルLe Pour et Contre》(1733‐40)などが相次ぎ,ルイ王朝の弾圧に遭ってオランダへ亡命した人たちが刊行した雑誌だけでもフランス革命にいたるまで30をかぞえる盛況を示した。ドイツではF.ニコライの創刊した《ブリーフェBriefe,die neueste Litteratur betreffend》(1759‐65)誌に,レッシングやM.メンデルスゾーンが編集委員として参加し文芸雑誌の伝統をつくった。…

※「《プール・エ・コントル》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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