ヘームー(読み)へーむー

世界大百科事典(旧版)内のヘームーの言及

【アクバル】より

…フマーユーンが再び玉座にもどってまもなく死んだため,弱冠13歳で皇帝の座についた。この時点ではフマーユーンをインドから追ったスールSūr朝の残存勢力がまだ根強く,その中心となる部将にヒンドゥー教徒のヘームーHemūがおり,彼はフマーユーン死後の混乱に乗じて,一時デリー,アーグラを占領した。1556年11月,デリー近郊パーニーパットの地で,ムガル軍はヘームー軍を破り,ここにアクバル支配が始まった。…

※「ヘームー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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