ベネディクト・デ・ゴエス(読み)べねでぃくとでごえす

世界大百科事典(旧版)内のベネディクト・デ・ゴエスの言及

【ヒマラヤ[山脈]】より

チベット自治区ネパールブータン【高山 竜三】
【登山・探検史】
 近世のヨーロッパ人によるヒマラヤ越えの記録が現れるのは,17世紀初頭のことである。新たな布教の地を求めたイエズス会士のベネディクト・デ・ゴエスは,1602年にアフガニスタンのワハンを通り,パミール越えをして東トルキスタンへ入った。次いで24年にはアントニオ・デ・アンドラーデがガルワール・ヒマラヤを越え,西チベットへ入った。…

※「ベネディクト・デ・ゴエス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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