ペシャーワル博物館(読み)ぺしゃーわるはくぶつかん

世界大百科事典(旧版)内のペシャーワル博物館の言及

【ペシャーワル】より

…49年にイギリス領となり,西方に広大なカントンメント(兵営地区)がつくられ,帝政ロシアへの前線基地となった。【応地 利明】
[ペシャーワル博物館]
 1901年に開設されたペシャーワル博物館は,ガンダーラ彫刻の最も充実したコレクションで知られている。タフティバヒー,サハリバハロール,ジャマールガリーその他の仏教遺跡から出土した石彫を主とする彫刻,刻文,貨幣,工芸品などの膨大な所蔵品を誇り,ことにシャー・ジー・キー・デリー出土のカニシカ王奉献の銅製舎利容器,サハリバハロール出土の像高264cmの仏立像,マルダーン将校集会所旧蔵の仏伝図浮彫などが著名である。…

※「ペシャーワル博物館」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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