ボホラ派(読み)ぼぼらは

世界大百科事典(旧版)内のボホラ派の言及

【イスマーイール派】より

…同朝第8代カリフ,ムスタンシルの死後,後継イマームをめぐって同派は大きく分裂した。第9代カリフ,ムスターリーを支持した派は主流としてムスターリー派と呼ばれ,12世紀後半の同朝の滅亡後も存続し,その末流はボホラ派としてインド,ミャンマー,東アフリカに現存する。一方,第8代カリフにイマームとして任命されたが,後に廃されたニザールNizār(?‐1096)を支持する派はニザール派と呼ばれ,ハサン・サッバーフによってイラン,シリアで勢力を拡大し,13世紀半ばモンゴル軍に滅ぼされた。…

※「ボホラ派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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