ポルトゥカレ伯(読み)ぽるとぅかれはく

世界大百科事典(旧版)内のポルトゥカレ伯の言及

【ポルトガル】より

… 2世紀後の1085年,レオン・カスティリャ王アルフォンソ6世はトレドを征服するが,新たなイスラム勢力の進出にフランス・ブルゴーニュの貴族が西方十字軍として来援した。その一人アンリ・ド・ブルゴーニュはアルフォンソ6世の王女テレサと結婚し,1095年ポルトゥカレ伯としてミーニョ川,ドウロ川間の地に封じられた。その子アフォンソ・エンリケス(アフォンソ1世)は,1143年ローマ教皇の仲介でカスティリャから独立してポルトガル王国を建国し,コインブラを首都とするブルゴーニュ朝を開いた。…

※「ポルトゥカレ伯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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