世界大百科事典(旧版)内のポワンツェ宣言の言及
【コシチューシュコ】より
…同年4月彼の率いる大鎌部隊がラツワビツェでロシア軍を破り,これを契機に蜂起は全国に広がっていった。5月には農民の地位改善を約束した〈ポワンツェ宣言〉を公布したが,農民の大規模な動員には成功しなかった。10月にマチェヨビツェの戦でコシチューシュコはロシア軍の捕虜になり,蜂起は11月に敗北で終わった。…
※「ポワンツェ宣言」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...