マリョルカ王国(読み)まりょるかおうこく

世界大百科事典(旧版)内のマリョルカ王国の言及

【バレアレス[諸島]】より

…征服後,イスラム教徒は島を追われ,代わってカタルニャ人が入植して現在の住民の基底をつくった。ハイメ1世の死後(1276),バレアレス諸島は南フランスの一部とともにマリョルカ王国を形成,アラゴン王家の傍系がこれを治めたが,1343年には最終的にアラゴン連合王国の一部となった。 ハイメ1世による軍事征服の背後には興隆期にさしかかったカタルニャの商業経済があった。…

※「マリョルカ王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む