マリー・ルイーゼ(読み)まりーるいーぜ

世界大百科事典(旧版)内のマリー・ルイーゼの言及

【フランツ[2世]】より

…ナポレオンに敗れて1804年ハプスブルク家世襲領をオーストリア帝国に再編,06年神聖ローマ帝国は解体する。10年娘マリー・ルイーゼMarie Louise(1791‐1847)をナポレオンに嫁がせ帝国の温存を図ったが,ウィーン会議後は官僚と軍隊の頂点にあってメッテルニヒに政治をゆだね,正統主義による反動的役割を果たした。【進藤 牧郎】。…

※「マリー・ルイーゼ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

ローマ法王ともいう。ラテン語 Papaの称号はカトリック教会首長としてのローマ司教 (教皇) 以外の司教らにも適用されていたが,1073年以後教皇専用となった。使徒ペテロの後継者としてキリスト自身の定...

教皇の用語解説を読む