マントバ公国(読み)まんとばこうこく

世界大百科事典(旧版)内のマントバ公国の言及

【マントバ】より

…ローマ時代の代表的詩人ウェルギリウスの生地として知られるマントバは,その叙事詩《アエネーイス》によれば,エトルリアに起源をもつとされる。中世には自由都市として栄え,1167年ロンバルディア都市同盟の一員となり神聖ローマ皇帝に対抗,1273年にはボナコルシ家が権力を手中に収めたが,1328年以来1707年までゴンザーガ家の統治するマントバ公国となる。ルネサンス期には,拮抗する三大勢力(ミラノ,ベネチア,教皇領)の緩衝地帯として政治上重要な地位を占め,また学芸擁護の中心地ともなった。…

※「マントバ公国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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