ムカッラ王国(読み)むかっらおうこく

世界大百科事典(旧版)内のムカッラ王国の言及

【ヌビア】より

…【近藤 二郎】 イスラム教徒のアラブの侵入が始まる7世紀には,下ヌビアにムカッラMuqarra王国,上ヌビアにアルワ‘Alwa(アロディアAlodia)王国の二つのキリスト教王国があった。最初の侵入である641∥642年のウクバ・ブン・ナーフィーの率いた遠征では成果をあげず撤退したが,651年アブド・アッラーフ・ブン・サード‘Abd Allāh b.Sa‘dによる遠征はムカッラ王国の都ドンゴラまで侵入し,毎年365人の奴隷の貢納を約束させた。この後,ウマイヤ朝やアッバース朝の時代にも,ときおり遠征軍が送られたが,それはしばしば履行されなかった奴隷貢納を強制することと同時に,下ヌビアのアラーキーの金鉱支配を目的としていた。…

※「ムカッラ王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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